交流の深さは、関心の深さで決まる
コメントが続く人と続かない人の違いを考えてみた
えいたです。
最近、数字より大切なものに気づきました。
発信を始めると数字が気になりますよね。
どの記事が読まれたのか。
どんな投稿が反応されたのか。
どの行動が成果につながったのか。
ぼく自身も気になります。
目標がある以上、それは自然なことです。
数字を見ることは改善につながります。
でも最近、それ以上に大切なものがあると感じるようになりました。
それが「交流」です。
ぼくは今までの人生で交流について深く考えたことがありませんでした。
人付き合いが苦手というわけではありません。
でも、
「どうすれば良い交流ができるのか」
を真剣に考えたことはありませんでした。
Substackを始めてからです。
多くの方が、
「Substackは交流が大事ですよ」
と教えてくれました。
最初はよく分かりませんでした。
良い記事を書けば読まれる。
発信を続ければ伸びる。
そのくらいに考えていました。
でも続けるうちに気づいてきました。
読まれる人は、発信が上手い人だけではない。
人との関わり方が上手い人でもある。
ある言葉との出会い
そんなことを考えている時に出会ったのが、デール・カーネギーの言葉でした。
「人は自分自身に最も興味がある」
最初は当たり前だと思いました。
でも何度も考えているうちに、自分の中で違う意味であると気づきました。
人は毎日、
自分の不安。
自分の悩み。
自分の夢。
自分の将来。
そんなことを考えているのではないでしょうか?
朝起きてから寝るまで、自分の人生を生きています。
だから人は、
「自分を理解してくれる人」
に心を開いてこの人となら付き合いができると、感じるのではないでしょうか?
そして、そのことを考えているうちに気づいたことがありました。
ぼく自身も、
「自分を知ってほしい」
と思っていたのです。
記事を読んでほしい。
フォローしてほしい。
応援してほしい。
認めてほしい。
発信者なら誰でも持つ感情でしょう。
でも、相手も同じです。
読んでほしい。
理解してほしい。
応援してほしい。
そう思っています。
それなのに、ぼくは自分のことばかり考えていた気がします。
交流したいと言いながら、本当に見ていたのは相手ではなく自分だったのかもしれません。
そう気づいた時、少し恥ずかしくなりました。
交流というのは、
自分を知ってもらうことではなく、
相手を知ろうとすることから始まるのかもしれない。
そう思うようになりました。
見る視点を変えた
最近は記事を読む時も少し見方が変わりました。
以前は、
「参考になった」
で終わっていました。
でも今は、
なぜこの記事を書いたのだろう。
どんな経験があったのだろう。
どんな思いで挑戦しているのだろう。
そんなことを考えるようになりました。
するとコメントも変わります。
「参考になりました」
ではなく、
「〇〇さんの経験を活かした○○の部分が印象的で参考になりました」
と自然にコメントが出てくるようになります。
Notesでのやり取りも、
最初のころ、「おはようございます」とコメントすると「おはようございます」としか返ってこないことが続いてました。
当たり前ですよね、ぼくが何も渡していないですも。
それから少し変えたました。
コメントする前にその人の投稿を見て、
今日どんなことがあったのかな?
何をする日なのかな?
そんな事を見て一言付け加えて投稿すると会話が続くようなりました。
不思議なことに、その方が会話が続きます。
交流が生まれます。
そして何より、相手がより身近に感じられるようになりました。
もし交流が苦手だと感じているなら、
今日は一つだけ試してみてください。
誰かの記事やNotesを見た時に、
「参考になりました」
だけで終わらせない。
その人の投稿を少しだけ読んで、
「〇〇の部分が印象的でした」
と一言添えてみる。
それだけでも会話は変わるかもしれません。
ぼく自身、そこから景色が変わり始めました。
交流の深さは、関心の深さで決まる
交流の深さは文章量ではなく関心の深さで決まるのだと思っています。
長いコメントを書くことではありません。
たくさん投稿することでもありません。
相手に興味を持つこと。
相手の人生に関心を持つこと。
そこから交流は始まるのでしょう。
変わり始めた、ぼくの行動
以前のぼくは、
フォロワーを増やすことばかり考えていました。
記事を読んでもらうことばかり考えていました。
でも最近は、
誰かの記事を読んで感想を書いたり、
挑戦を応援したり、
会話を楽しんだりする時間が増えました。
すると不思議なことが起きました。
Substackが以前より楽しくなったのです。
コメントのやり取りも増えました。
そして今は制限中にもかかわらず、
少しずつフォロワーも増えています。
Substackを始めてまだそれほど長くありません。
でも少なくとも今のぼくは、
交流は伸ばすためのテクニックではなく、
相手に関心を持つ姿勢そのものなのだと感じています。
今日も誰かの記事を読んでみます。
そして、
「この人はどんな思いで書いたのだろう」
と考えてみようと思います。
そこからまた、新しい交流が生まれる気がしています。
その先にどんな景色があるか、これからも一緒に見ていけたら嬉しいです。




substackを始めて、ぼくも記事から相手への関心をとても持つようになった気がします!
交流の先にある景色みてみたいと思いました😆